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福岡地方裁判所小倉支部 昭和43年(モ)1312号 判決

申請人

山瀬善久

右訴訟代理人

三浦久

外二名

被申請人

菱成産業株式会社

右代表者代表取締役

遠藤二郎

右訴訟代理人

鎌田英次

外一名

主文

一、申請人と被申請人間の、当庁昭和四三年(ヨ)第五三〇号解雇禁止仮処分申請事件につき、当裁判所が同年一〇月四日なした決定はこれを認可する。

二、訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実(省略)

理由

一、申請人が被申請会社の従業員で従来北九州市八幡区所在三菱化成黒崎工場内の作業場で染料包装作業などに従事してきたこと、昭和四三年五月三〇日被申請会社が申請人に対し同年六月一日付で洞南産業株式会社に派遣する旨の命令(本件出向命令)をなしたこと、申請人の申請により同年七月五日当庁において「被申請会社は、申請人を被申請会社の従業員として取り扱え」との仮処分決定がなされたこと、並びに同年九月二一日被申請会社は申請人に対し、右洞南産業株式会社に六ケ月間の出張を命じたこと(本件出張命令)はいずれも当事者間に争いがない。

二、申請人は、右出張命令は実質的に前記出向命令と異らず、前記仮処分決定に抵触すると主張するので検討を加える。

前記仮処分決定(甲第一号証)は、その理由に明らかなごとく、本件出向命令の効力が申請人、被申請人間で争いがあつたので、権利関係不確定なため起るべき現在の混乱や危険を除去し、一応紛争を調整解決するためになされたいわゆる仮の地位を定める仮処分であり、適法な手続により取消されない限り、その仮処分によつて形成された法的状態は関係当事者の生活関係を規律し、当事者が右法的状態を無視し抵触した法律行為をなしても効力を生じないものといわなければならない。そして本件の場合、被申請人としては右仮処分決定の主文を形式的に解釈して、申請人を外形上だけ被申請会社と雇傭関係ある従業員として取り扱えば足りるわけでないことはいうまでもない(けだし、後記のように出向命令がなされ従業員が休職になつても被申請人との雇用関係は消滅せずこの点につき当事者間に争いはなかつたからである)ばかりでなく、右決定の主文と密接な関係がある理由部分において、本件出向命令は、第三者たる洞南産業の指揮下において洞南産業に労務を提供すべきことを命じるものであつて労働契約上根拠を有しないものであり無効であることを説示されているのであるから、何ら新たな事情の変更がないにもかかわらず、被申請人において再度洞南産業への出向命令あるいはこれと実質的に同視すべき命令を出しても、その効力を認めることは、法律上の手段によらず右仮処分を廃止変更することになるので、許されないものといわなければならない。そして出向命令と同視すべき命令か否かを判断する基準としては、右理由において説示されているように、第三者たる洞南産業の指揮下において洞南産業に労務を提供すべきことを命じるものであるか否かにあるというすべきである。

そこで本件出張命令の性質につき検討するに、〈証拠〉を総合すると、(一)従業員が出向になると被申請会社を休職になるが出張では休職にならない、(二)出向になると給与は出向先から支給されるが出張では従前どおり被申請会社から支給される、(三)出向は通常期間の定めがないが出張では定めがある(本件の場合は六ケ月)、(四)労働組合員が出向すると組合を一応脱退することになるが出張では組合員資格に変動はない、等被申請会社によつてなされる出張命令と出向命令にはその効果に差異があることが一応認められるが、一方前掲各証拠によると、昭和三七年以来被申請会社によつてなされた比較的長期の出張命令は、本件後昭和四四年一月一八日から小沢清蔵に洞南産業に出張するよう命令したのを除いては、すべて被申請会社の支店に対するものであつて、本件出張命令は出張先に被申請会社の支店も営業所もないはなはだ特異なものであること、申請人の洞南産業において予定された勤務内容は出向によつても出張によつても洞南産業の業務である塵芥の焼却作業の監督に従事することになつていたこと、したがつて通常出張をさせても被申請会社が出張従業員に種々の業務上の指揮命令をなすことは可能であるとしても、本件の場合は右場所的条件や勤務内容によつて、少くとも直接的な労務指揮権は洞南産業に移転せざるをえない(申請人が洞南産業において監督的業務を担当するとしてもその理は同じである)とみられることが一応認められる。そうすると本件出張命令は、その名義のなんたるとを問わず、実質的には第三者たる洞南産業の指揮下において洞南産業に労務を提供すべきことを命じるものであつて、本件出向命令と同視すべきものといわざるをえない。

被申請人は、申請人において洞南産業への出張なら応ずると言明していたと主張するが、右主張に沿う乙第二〇号証の一、二、第二二号証の一、二、第二三号証、第二四号証の記載は、申請人本人尋問の結果(第一回)に照らしにわかに措信することはできない。その他新たに出張命令を出すことを正当化すべき事情の変更があつたことを認めるに足りる証拠はないので、右出張命令は実質的に前記仮処分決定に抵触し、その効力を生じないものといわざるをえない。

三、次に保全の必要性につき検討するに、一般的に言つて使用者が有効と判断してなした業務命令を従業員が拒否すれば解雇等の処分をなすことは当然予想されることであり、本件出張命令の場合も別異に解する理由はない〈証拠判断省略〉また〈証拠〉によれば、申請人は従来から積極的に組合活動をなし、洞南産業労働組合の書記長等を歴任し、将来も組合活動を続けて行く決意で本年も副組合長に立候補したことが認められるが、洞南産業に出張になれば被申請会社に立入つて他組合員と日常的に接触することがきわめて困難になり(現に立入りを妨害監視されたこともある)、組合活動や組合役員立候補のための選挙活動が著しく困難になることは明らかである。以上の理由により本件出張命令の効力を停止しておかなければ、申請人は回復しえない損害を蒙るものというべく、保全の必要性あるものと認められる。

四、以上により本件出張命令の効力を停止した当裁判所昭和四三年一〇月四日の仮処分決定は相当であるから、これを認可することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(森永竜彦 寒竹剛 清田賢)

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